前回に引き続きビートルズの特集です。
ビートルズは曲によって微妙に発音を変化させています。後期に向かうにつれて本国である英国色が強くなり、British accent を強調した歌が多くなってきますが、たとえ後期のものであっても、“Let It Be” のように比較的 American accent の特徴を多く出しているものもあります。(“Let It Be” はどちらかと言えばゴスペル調の曲ですので、American accent を取り入れたほうが曲調にマッチします。)反対に、アルバム Sgt. Pepper’s Lonely Hearts Club Band に収められている “When I’m Sixty-Four” は、イングランド北部の香りがするメルヘンチックなナンバーで、歌っている Paul McCartney の発音もイングランド北部の特徴が色濃く出ています。
今回は、この “When I’m Sixty-Four” にスポットをあてて、この歌を歌う Paul の発音を細かく検証してみたいと思います。
1. 有声音化した tapped /t/ を極力使用しない
前述の通りアメリカ発音を意識している “Let It Be” とは異なり、“When I’m Sixty-Four” では有声音化した tapped /t/ はほとんど使われません。同曲の歌詞の中で該当する単語をピックアップして実演してみます。まず曲中で発音されている British で発音し、次に American の tapped /t/ で発音しますので、比較してみてください。母音の音色の違いにも注意して聴いてください。↓
‘quarter’ /ˈkwɔːtə/(American [ˈkwɔːrt̬ər])
‘sweater’ /ˈswetə/(American [ˈswet̬ər])
‘cottage’ /ˈkɒtɪdʒ/(American [ˈkɑt̬ɪdʒ])
‘stating’ /ˈsteɪtɪŋ/ (American [ˈsteɪt̬ɪŋ])
側面開放が起こる /tl/ 部分で有声音化する American の特徴もありません↓
‘bottle’ /ˈbɒtl/(American [ˈbɑt̬l])
2. Non-rhotic に徹する
音節末の ‘r’ や ‘re’ で /r/ を発音するか否かは、歌のジャンルによってそれぞれ意味合いが変わってきます。たとえアメリカでも、本来黒人音楽をルーツとするブルースやブルース系ロックでは、non-rhotic、つまり /r/ を発音しないのがお決まりになっています。(アメリカ黒人英語は基本的に non-rhotic です。)イギリスの場合ではイギリス内での /r/ について独特な意味合いがあるのですが、イギリス色を世界に向けて発信する際には、通常 General British に従って non-rhotic となるのが一般的です。リバプールはもともと non-rhotic の地域なので、Paul にとってはいつも通りの発音ということになるでしょう。では、該当する単語をピックアップして British と General American で比較しながら実演してみます。↓
‘older’ £/ˈəʊldə/ — $/ˈoʊldər/、
‘hair’ £/heə/~[heː] — $/heər/、
‘years’ £/jɪə/ — $/jɪər/、
‘birthday’ £/ˈbɜːθd(e)ɪ/ — $/ˈbɜːrθd(e)ɪ/、
‘quarter’ £/ˈkwɔːtə/ — &/ˈkwɔːtər/、
‘door’ £/dɔː/ — $/dɔːr/、‘four’ £/fɔː/ — $/fɔːr/、
‘word’ £/wɜːd/ — $/wɜːrd/、
‘sweater’ £/ˈswetə/ — $/ˈswetər/、
‘fireside’ £/ˈfa(ɪ)əsaɪd/ — $/ˈfaɪərsaɪd/、
‘mornings’ £/ˈmɔːnɪŋz/ — $/ˈmɔːrnɪŋz/、
‘garden’ £/ˈgaːdn/ — $/ˈgaːrdn/、‘more’ £/mɔː/ — &/mɔːr/
3. イングランド北部の /ʊ/
前回紹介したイングランド北部独特の母音のパターンが、この曲で耳にできる点も面白いです。イングランド北部の音韻体系には // が欠如しており、代わりに /ʊ/ で発音されるという特徴が、この歌でも聞かれます。↓
‘sunday’ /ˈsʊnd(e)ɪ/(NE) — /ˈsʌnd(e)ɪ/(GB & GA)
‘Chuck’ /tʃʊk/(NE) — /tʃʌk/(GB & GA)
4. 古風な tapped /r/
現在では高い年齢層の人や主にイギリスの特定地方の人たちの間でしか発音されなくなった tapped /r/([ɾ])を、Paul はこの歌中の2つの単語で発音しています。これによってこの歌に独特の雰囲気を与えていると言ってよいでしょう。↓
‘greetings’ [ˈgɾiːtɪŋz]、‘grandchildren’ [ˈgɾandtʃɪldɾən]
Today’s My Singing
と言うことで、今回は私も上記の特徴を取り入れながら “When I’m Sixty-Four” を歌ってみました。こういう曲調のものを Paul McCartney はときどき作ってきましたが、まさに天才の技ですね。ステキな歌詞とイキなメロディの絶妙なマッチング。大好きな1曲です。(この曲のキーは私にはちょっと高いのでキツいのですが、悪しからず・・・)
When I get older losing my hair,
Many years from now,
Will you still be sending me a valentine
Birthday greetings bottle of wine?
If I’d been out till quarter to three
Would you lock the door,
Will you still need me, will you still feed me,
When I’m sixty-four?
You’ll be older too
And if you say the word,
I could stay with you.
I could be handy mending a fuse
When your lights have gone.
You can knit a sweater by the fireside
Sunday mornings go for a ride.
Doing the garden, digging the weeds,
Who could ask for more?
Will you still need me, will you still feed me,
When I’m sixty-four?
Every summer we can rent a cottage
In the Isle of Wight, if it’s not too dear
We shall scrimp and save
Grandchildren on your knee
Vera, Chuck, and Dave
Send me a postcard, drop me a line,
Stating points of view.
Indicate precisely what you mean to say
Yours sincerely, Wasting Away.
Give me your answer, fill in a form
Mine for evermore
Will you still need me, will you still feed me,
When I’m sixty-four?
Whoo!
*次回は、最近ご質問の多い lateral release(側面開放)について久しぶりに特集する予定です。
(*発音矯正を望まれる歌手・俳優、また、英語教師などの英語を使うお仕事をされている方は、ホームページをご覧の上メールにてお気軽にご相談ください。)
T-ACT英語発音矯正サービス
Email: s-tanaka@hatsuon-kyosei.com
HP: http://www.hatsuon-kyosei.com
Shigeさんこんにちは
ビートルズの発音 Part 2 ポールの発音を解説して頂いて感激です!!
今回もめちゃくちゃ参考になりました。
本当にありがとうございました。
只今、British accent に注目してビートルズの曲を聞き返しています。
「Non-rhotic に徹する」ということですがこの発音は単にRを発音しないだけでなく
文化的な意味合いまであるとはビックリでした。また、これもひとつのしっかりした
Rを発音しないRなんだと思いました。(後にくる音でRの発音が復活する場合がある
ということだったと思いますが違いました?)ビートルズの曲のまた深い聞き方が
できそうな気がして大変勉強になります。これから歌うときはBritish accent に注意をして
歌えるように頑張りす!
When I’m Sixty-Four はKeyが高かったということですが、今回も凄く良かったですよ!!
ちなみに When I’m Sixty-Four は歌の録音時にテープ速度を落としてKeyを下げて歌録りして
再生時に元に戻して、ポールの声を若々くしているそうです。なので本当はもっと歌いやすい
曲かもしれませんね。(^^;ゞ
前々回、前回、今回とビートルズ演奏関係の方は必読トピックで本当に感謝いたします。
誠に誠にありがとうございました。m(._.)m ペコッ
ベイビーさん
いつもコメントをありがとうございます!
「後にくる音でRの発音が復活する」というのは、いわゆる “linking /r/” のことですね。
Non-rhotic の地域では、たとえば “better” の語尾の “r” は発音しませんが、“better and…” のように後に母音で始まる語が続くときは区切らずに発音すると “r” を発音してなめらかにリンクします。通常のスピーチではもちろんのことですが、歌の場合も、とくにアップテンポのナンバーでは必須と言えます。↓
http://hatsuon-kyosei.com/blog/?p=4137
http://hatsuon-kyosei.com/blog/?p=4269
英語の歌を歌う日本のボーカリストの方々が、曲のジャンルに合わせて今以上に発音に注意しながらお歌いになるようになれば、日本の音楽界全体の質がさらに向上すると信じています。